上野駅から常磐線で約30分の馬橋駅。ここから小さなローカル鉄道「流山線」が発車する。終点の流山まではわずか5.7km。地元の日常生活に密着した路線で、鉄道ファンからは、「日本で唯一、公式Webサイトを持たない旅客鉄道会社」としても知られている。そんな“情報の秘境”流山線を旅して、珍しい建物、史跡、夕暮れの風景に出会った。
●ちょっと待
アトランティカ rmt った。鉄道ファン魂をくすぐるアレは何?
“馬橋”という駅名は、いかにも街道の要所という印象だ。馬橋は水戸街道にかかっている橋で、鞍の形に似ているところから名付けられたという。見に行きたいが、何も予備知識なしで出てきてしまったし……と思っていたら、常磐線の電車を降りたところで気になる建物を見つけた。「鉄道用品株式会社」とある。レ
ール、犬釘、枕木と看板に書いてある。もしかしたらこれは鉄道グッズやさんかもしれない!?
鉄道中古部品は、毎年10月、鉄道の日前後で即売会が行われる。でもここなら通年販売しているかも……と思ったら大間違い。訪ねてみたら、本物の鉄道会社向けに資材を調達する会社だとお仕事中のおじさんが教えてくれた。冷やかしてすみません。お邪魔しました
。
納得できたので電車に乗ろう。流山線の始発駅である馬橋のホームは、木造屋根のたたずまいが懐かしい。電車は西武鉄道の中古で、昭和時代に流行した正面2枚窓の「湘南形」系の顔をしている。常磐線には銀色の電車がびゅんびゅん走るけれど、こちらは昭和の風景だ。駅員さんに尋ねたら「フリーきっぷ」の類はないという。とりあえず隣の駅まで
120円のきっぷを買った。この金額なら、全部の駅を降りても数百円だろう。乗車の記念品としては、いくつか記念きっぷが販売されているようだ。
流山線は流鉄株式会社が運行している。簡潔で思い切りの良い会社名だ。かつては総武流山電鉄といった。副業でいくつか不動産事業も営んでいるものの、ほぼ鉄道事業専門の会社だという。わずか5.7km、6駅
の小さな路線を地道に運営している。バス事業もレジャー事業もなし、タクシー部門も廃止してしまった。そんな潔さが鉄道ファンには愛おしい。電車もコンパクトな2両編成と3両編成で、西武鉄道の中古車両を大切に使っている。全線単線だが、すれ違い設備をフル回転させて、朝は13分、日中も20分間隔で運行している。頑張っている電車である。
●流鉄名
所「駅マンション」「駅アパート」を巡る
流山線の名物の1つが次の「幸谷駅」。鉄道の駅舎はどんな形でも鉄道ファンの興味の対象だが、ここはカメラを向けるにはちょっと気を遣う。なぜなら、建物全体がマンションになっているから。
マンションの1階は駅。もちろん入り口は別々で、駅は誰でも利用できる。駅の入り口の隣にマンションの
玄関がある。駅前に小さな駐輪場があると思ったら間違いで、そこはマンションに住んでいる人の自転車置き場だ。まるで駅に住んでいるみたいでいいなあ、うらやましいなあ。でも、駅から0分は便利すぎかもしれない。電車が動いている限り、学校や職場への遅刻の言い訳に困りそうだ。
ユニークな駅マンションの物件名は「流鉄カーサ新松戸」。流山線
の駅名ではなく、JRの駅名を付けた建物になっているのが面白い。ちなみに幸谷駅はJRの常磐線と武蔵野線が交差する「新松戸駅」にほぼ隣接する近さ。周囲には高架線路が多く、窓からは電車や貨物列車を眺められそうだ。不動産サイトで調べたところ、築30年の中古3LDK、11階西向きで1580万円というデータを発見した。お支払いは月々5万円以下。これは素晴らし
い! ただし、流鉄ファンにはお勧めできない。「エッフェル塔を見たくないならエッフェル塔の真下に行け」という格言を思い出しそう。そう、流鉄の真上に住んだら、窓から流鉄は見えません。
次の駅は「小金城趾」。電車は新坂川に沿って走る。小さな水辺、のどかな雰囲気が良い。運転台の後ろからカメラを向けたら、運転台直後の座席のご婦人が席
を譲ろうとしてくれた。立ったままのほうが撮りやすいので丁寧にご辞退申し上げた。休日はカメラを持った鉄道ファンをよく見かけるとのこと。
小金城趾駅も集合住宅に隣接している。こちらはちょっと小さめで、マンションというよりはアパートという感じ。橋上駅舎への階段が、アパート住民と共用になっている。1階はドラッグストアのマツモトキヨ
シ。そういえばマツモノキヨシは松戸の企業だ。創業者の松本清氏は松戸市長時代に「すぐやる課」を作った人としても有名だ。
●生活路線なのに歴史観光もできる
「小金城趾」という駅名があるなら、どこかに「小金城」があったに違いない。そこで携帯電話で地図アプリを起動し、近くに「大谷口歴史公園」を見つけた。行ってみたら大正解で
、まさしくここが小金城趾だった。
小金城は低い山に作られたようで、坂と階段を上がると広場があり、説明書きを発見した。城は南北方向に600m、東西方向に800mの規模で、丘陵地帯の地形を生かしつつ土木工事を加えたという。築城は1537年の室町時代。足利義昭が第15代征夷大将軍となった年だ。下総の豪族千葉氏の陣営、高城氏が、関東の大勢力と
なった上杉勢を牽制するために作ったとのこと。
建物はなく、城の該当地域はほとんど宅地化されているようだ。それでもこの公園の一部には、敵の攻撃から守るための「土塁」、敵を誘い込んで叩くための「畝掘」、敵を足止めする「障子堀」などが発掘され、紹介されている。「畝掘」は下に粘土を撒いて滑りやすくさせていた。「障子堀」は目隠しに
障子を貼るなどの工夫があったという。平城だから攻めやすそうだと思わせて、実はワナだらけという仕掛け。命がけだといろんなアイデアが出てくるものだなあと思う。
さて、流山と言えばもう1つ、忘れてはならない歴史の大舞台がある。新撰組の近藤勇が最後の陣を張ったところだ。電車に乗って流鉄の終着駅、流山へ行こう。駅前に観光案内の看板が
あるから、新撰組にゆかりの地を歩いてみたい。もっとも、+R Styleの主役は電車。流山駅には電車の車庫があるので、ホームからひとつひとつ撮影していく。もうすぐ走り出すという新車を見つけてうれしくなった。
肌寒い中、駅員さんが僕のきっぷを回収しようと待っている。申し訳ない。でも鉄道好きの気持ちを分かってくださるのか、何も言わずに
事務室に戻られた。改札を出るときに駅員さんに声を掛けてきっぷを渡す。ちょっと意外そうな表情を向けられた。きっぷを記念にほしいという人が多いのかもしれない。僕は「普通のきっぷは売り上げ精算業務で使うだろうから、もらってはいけない」と思っている。もともとコレクションには関心が薄くて、思い出に必要ならデジカメで撮るか、記念きっぷを買うほ
うだ。
うっすら日暮れ時の流山を歩く。新撰組の陣屋跡はすぐに見つかった。鉄道ファンにとって流山は「流鉄が走り、つくばエクスプレスも開通した町。東武野田線や武蔵野線もあって便利だね」という認識だ。しかしここは、水運が盛んな江戸時代に大発展を遂げた土地。醤油や酒、みりんなど、重い荷物を出荷する醸造業で栄えた。商売で発展したか
ら金持ちも多く、幕末は商人たちがさまざまな思惑で各陣営に軍資金を支援したかもしれない。
流山の金持ちといえば、流鉄の出自も珍しく、地元の名士たちがお金を出し合って作った軽便鉄道だ。政府や大資本がドンと作ったわけではない、地元資本でできた独立系鉄道会社。「鉄道作ろうや、お金を集めよう」というわけで、流山の旧家には流鉄の出資
者がたくさんいるらしい。そんな経緯から、尊敬の念を込めて流鉄を「市民鉄道」と呼ぶファンも多い。
話を幕末に戻そう。甲州の戦いに敗れ、盟友とも袂を分かった近藤勇と土方歳三は、再起をかけて流山にやってくる。その噂を聞きつけて、賛同者が集まってくる。しかし、すでに大政奉還後のこと。その勢いは官軍も引き寄せてしまった。大久保大和
を名乗った近藤の身柄は、ここで官軍に渡されてしまう。これ以上、流山の支持者に迷惑を掛けられぬと、自ら身を差しだしたという説もあるそうだ。
新撰組陣屋跡の道をさらに南へ。江戸川に沿い、三郷方向へ歩いていく。庚申塚がいくつかあって、キッコーマンの工場があって……。かつてこの道を近藤勇も歩いたのかな、と思いを馳せてみる。光明院、赤
城神社も新撰組隊士が駐在したところだ。暗くなってしまったけれど、お参りだけさせていただく。
●そのまま歩いて新三郷へ あの「名車」に会いに行く
官軍は北から攻めてきたそうで、私も逃げるように南下した。流鉄に乗りに来たはずが、ここから武蔵野線の三郷駅が近い。ちょっと冷たい風に当たりながら、夕刻の江戸川を散歩する。道路
橋から武蔵野線電車の風景をカメラで追った。イルミネーションで飾られた三郷駅から武蔵野線の電車に乗って、1つ隣の新三郷駅へ。目的は、ららぽーと新三郷というショッピングセンターにある鉄道車両「夢空間」だ。
「夢空間」はJR東日本が1989年に製造した豪華客車。寝台車「オロネ25 901」とラウンジカー「オハフ25 901」、食堂車「オシ25 901」
の3両が作られて、上野?札幌間の「北斗星」に連結されたり、イベント列車に使われたり、団体列車としても活躍した。「日本でもオリエント急行のような列車旅を実現しよう」という試みで、インテリアには大手百貨店が参加したという。居心地の良い寝台車というコンセプトは、その後、豪華寝台特急「カシオペア」や「トワイライトエクスプレス」に影響を与えた
。
新三郷にはラウンジカーと食堂車が離れた場所に置かれている。折しもクリスマス商戦期ということで、イルミネーションで飾られていた。日中は車内の見学もできるそうだが、残念ながら今日は到着が遅かった。またあらためて訪問したい。【杉山淳一】
<今回の電車賃>
流鉄流山線:馬橋?幸谷 120円、幸谷?小金城趾 120円、小金城趾?
流山 130円。
JR武蔵野線:三郷?新三郷 130円。
引用元:
三國志 専門サイト